2006年9月の下旬だった。
成田空港に到着後、迎えに来る人がいた。他に5,6人の香港人もおり、一緒に同じ車に乗った記憶があった。当時、自分の性格にもあったせいか、緊張感を持っていながら、車内ではほとんど喋らなかった。そして、大体1時間半後に2、3人の香港人が車を降り、残りは男性二人と女性一人でだった。その男性たちは後日僕のルームメイトであった一方で、女性は下の階に住んでいることだった。
目的地に到着したら、それは10何階ぐらいのアパートだった。同行していた男性と共に家に入った。家の中には男性二人の香港人がいた。あいさつを交わしたら、部屋を案内してくれた。部屋の中には普通のベッド1台と2段ベッド1台が置いてあり、かなり広い部屋であった。僕は一緒に来た男性の一人と一緒に住むことになり、もう一人の男性は別の部屋で住むことになった。そして、ゆっくり荷物を整え、部屋着を着替え、部屋を出た。改めてこの家を見てみたら、リビングルームがまあまあ広く、ベランダがある上に、部屋が三つあった。僕を含め、これからは男の人5人でこの家で生活することになった。
日本警察に出会った
そして既に夜10時すぎだった。5人はリビングルームでお酒を飲むことにした。僕は酒飲むのが好きで、香港にいた時に毎週バーで友達と飲んだり、バーでだいたい遊ぶゲーム(サイコロとかトランプのゲームとか)をしたりしていた。(たしか初めてバーに行った時は16才だった(笑))だから、他のメンバーと比べ、バーで遊ぶゲームも結構知っているし、飲み慣れてはいた。しかし、メンバーたちは多分楽しんでもらっただろうけれど、飲み慣れていないせいか、楽しいながらも吐いたりする人も2、3人いた。(当然、そういう光景は若いながらも見慣れていた)その時に、ドアのチャイムが鳴っていた!時計の時間を見てみたら、もう夜中2時過ぎだった。男一人がドアアイを覗いてみたら、僕たちに小さい声で「警察二人だ」と広東語で言った。慌ててドアを開け、うるさいと住民からクレームを受けたから様子見に来たと。日本語が分からない僕が後ろに立って聞きました。そして説教されているルームメイトがずっと頷きながら「はい、わかりました」と言い続けた。やがて、警察二人がやっと去った。ほっとしたけれど、もうお酒を引き続き飲む気分ではなかった。なんという日本生活の初日であろう~
マルコ(Marco)
香港で生まれ、育ちも香港。日本語が話せるのは若い時に東京留学していたからだ。今も一応日本語を生かして生きている。帰国して何年も経ったが、留学生活のことは未だにたまに懐かしく思う。そこで、勇気を出してブログを作ってみたのだ。
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